やまざきひんと。

HINT.inc代表/メディアプロデューサーやまざきひとみの日々思いついたこと。

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独立すると決めて、
人に夢を語ったりどういう世界を作りたいのかということを辿々しくも自分の言葉で話す機会が増えました。

「世界を変えたいんです」とか、大人の私が大人の人に真面目に話すのは、ある意味すごくダサいことなんだけど、思わぬ人に共鳴してもらえる瞬間や、早くも時間を忘れて仕事に没頭する瞬間があって目まぐるしく終わった1週間。


きっと、新しい挑戦をするということはとてもダサいことなんだと思う。


面と向かって言葉では言われないけれど、
独立すると言った瞬間鼻で笑われたりしたこともあるし、

ちょっと態度が変わった人もいる。
それはきっと、私がダサい選択をしたから。
(もちろんそれ以上にあたたかく応援してくださる方もいます)
 


今週も、ここには書けないようなダサいこといっぱいした。
でもきっとこのダサさがちょっとカッコよくなったときに、
ちょっとだけ世界が変わっているのかもしれない







・・・・・と、信じて笑、

いつまでも程よくダサく頑張り続けよう、と、精一杯の背伸びをこめて、思いました。

31歳になりまして、お母さんが最後の記憶はいつだろうぶりくらいにケーキを買ってくれました。





















ケーキを食べながら思ったのは、改めて「30」という数字は、女にとって得体の知れない不気味な力をもっているなあと、20代からのいろいろをなんとなく振り返ってしまいました。


20代前半仕事をはじめてから、頑張る指標として「30の時に自由な選択肢を持つ」という目標から逆算して、実績を積もうとがむしゃらに過ごしていたこと。


その後、20代後半にとても幸せな結婚のご縁があったり、仕事では少し経験値が増えてやりがいやチャンスのサイズが大きくなって「充実感」を実感させてもらったこと。

それでももともと「30歳で見える景色」を強く意識していたせいか、いざ29歳になってそれを目前にしたとき、「30歳以前と30歳以降」、という基軸で自分の人生をめまぐるしく考えなおすことになったこと。
 
29歳と30歳でそれぞれ体調を崩したこともそれに拍車をかけたし、自分でも考えすぎたのかもしれないというくらい悩んで、とにかくここ2年くらいは後悔はないものの、記憶に少しだけ重い空気がのっかっているような日々だったこと。
 
結果として、30歳で離婚を経験し、仕事でも大きな転機を迎えることになったこと。(これはまた書く)


「30歳を基軸にした人生観のスイッチ」が押されたのは、私だけではなくて、なんとなく周囲の友達でもポジティブにもネガティブにもなにかしらの”心境面で”の変化があったのかな、と思う出来事が多かったように思います。 女子から女性になる、というか。


とにかく30歳という1年は、私にとって20代の総決算のようないつもより精神的に少し肩の凝る1年間で、いけないとわかりながら肩の力を抜くことが結局できなかったなーと、思ったりしつつ、
さて31歳になって、その無駄は力はもう抜こうよと20代の私にいわれたような、久しぶりに少しワクワクするようなお誕生日でした、という話でした。


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こないだ見かけた子






シベリアンハスキー色なのに、柴犬。


これってよくあることなのだろうか?

珍しいのだとしたら、運命のいたずら感がハンパない 

新年あけましておめでとうございます。


2015年は、

真の仕事美人になる

1年にします。



真の美人というのは、

生活習慣やライフスタイル、その生き方にいたるまで徹底して美しく、

その結果として外見に反映されている人のことをさすと思うのですが

(年を重ねるほどごまかしようのない真の美人が形成されていく)

これは仕事でもまったく同じことがいえると思っています。



そして、仕事においては外見でなく

「成果」こそ、自分の鏡であるのだと思います。


ですので「成果こそ自分の鏡であることに言い訳をしない」で進んでいくことで、

仕事美人になっていけるのではないかと思っています。


「成果」とは、

もちろん今担当しているby.Sの事業成果を指しますが、

ここで短期的な「結果」に踊らされず、

ただ、真の成果を生むために短期成果をがむしゃらに叶えまくることをしたいなと。


ですので、by.Sが成長しなかったりつまらなかったりしたら

私が仕事不美人(とかいてしごとブスと読む)ということで、

自分を追い込んで、


新年のご挨拶に変えさせていただきたいと思います。




そしてそして!

ずっとお願いしたいと思っていた
カリスマ美容師木村直人様のところにやっとお邪魔したら、

(そして木村さんのところに行ったらやってみたかった「全ておまかせでお願いします」をおそるおそる言ったら)

なにも言っていないのに、
こんな私の今の思いを全て反映するかのような、
こんな髪型にしていただきました!



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美容師という仕事はクリエイティブでお客様商売のサービス業で、
それだけでも極めるの一生かかるレベルなのに、
木村さんはマネージメントとインターネットを使ったPR活動、さらに美容業界のもりあげまで一手に担っていて、

仕事人として尊敬する方が1人増えたなと、
木村さんのお仕事を間近でみさせていただいて、改めて感じました。

木村さんにはby.Sでも大変お世話になっています。
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【完全フルスロットル!】からサイドブレーキ一発でドリフト急停止している状態。 - Naoto Kimura(木村直人
 http://naotokimura.tokyo/archives/4239
ーーーーーー
本当にありがとうございます!




ここには書ききれないくらい、

たくさんの大切な方々や出逢いに支えられた2014年、
節目節目で、必要なアドバイスや正しい道を示してくれる友人や家族、先輩、会社の方々に毎日感謝の気持ちを忘れず、

愛と勇気とユーモアで2015年もがんばっていきます。



本年もどうぞ宜しくお願いいたします。




10月頭、福島県の被災地のスタディツアーに参加してきました。

以前主人が石巻の被災地を訪れたことがあり、
機会を作ったほうがと言われていたことがきっかけで、
福島県にいく機会があったので参加させていただきました。

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参加したのは、NPO法人「ふよう土2100」さんが主催するツアー。
詳しくはこちら。
http://studytour-iwaki.com/studytour.html


いわき市を出発して
福島第一原発の避難区域として影響のあった
冨岡町→楢葉町→広野町をまわるコース。

地図の真ん中あたりにあるのが冨岡町。

が帰宅困難地域
黄色が居住制限区域
が避難指示解除準備区域、です。

富岡町は居住制限区域なので、立ち入りができない帰宅困難地域のギリギリのところまで、行ったことになります。

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冨岡町へむかう道。

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除染が進んで屋根がピカピカの家屋がたくさん


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放射性廃棄物はこうやって町のあちこちにカバーをして置いてあります。


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富岡町は、津波の被害と原発の被害が両方あった町なので、
まだ居住はできず、ほぼ3年半前のままの状態のところが多かったです。

とまったままの時計。


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海沿いの富岡駅。


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津波の警告を最後まで知らせて回り、殉職された警官2名(1名は行方不明)の乗っていたパトカー。

慰霊碑のように、発見されたままの姿で、残してありました。


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帰宅困難区域(立入禁止)の境界にはられたバリケード。

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この先は、当然ですが人の気配がなく、
みたことのない空気、光景でした。


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移動して、久之浜復興商店街「浜風商店街」へ。


昼食を食べたからすや食堂さん。
無休で営業しているのだそう

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タンメンと餃子が美味しかった!


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訪れた著名人のメッセージも。




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あたたかく迎えてくれた商店街のおばさんたち。

立ち話で、震災時のことや、その後の苦労を話していただきました。
伝えていくために、つらいことも、できるだけ話すようにしているのだそうです。

避難生活が大変だったこと、でも、本当に過酷すぎて、避難所では笑って暮らしてたのよと。

東京の方は、だんだん情報が風化して、
忘れてしまう人が増えるから、
ここにきたことを茶飲み話でもいいからたくさん話してねと。

とても信じられない話を聞いたり、賛否のある話題があったり、
写真も光景もショッキングなものが多かったのと、

詳細に書けないのであれば無責任になるし、
感じたことも言葉にすると薄っぺらくなってしまって、
ブログに書かないつもりで行ったのですが、

おばさん達の話をきいて、見た事実や写真だけでも、記録しようと思いました。


なので、なんだか無責任な記事にみえてしまったらごめんなさい。
感想は、実際にお会いした方にお話していこうと思います。


旦那さんへのおみやげを買ったら、
「夫婦仲いいのが1番親世代はうれしいのよー」って
短い時間でしたが、なんだか娘のように話してもらって、とっても嬉しかったです。


急なスケジュール変更にも快く応じてくださった「ふよう土2100」里見さん、
現地で話してくださった皆さん、本当にありがとうございました。


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